公式自伝である「スティーブ・ジョブズ Ⅰ、Ⅱ」(ウォルター・アイザックリン著、講談社)を熟読した。
今さらだが、「経営リーダー」としてのジョブズに僕は大きな関心を抱いている。
(コラム連載させて頂いている大塚商会社の「ERPナビ」にも、ジョブズをテーマに投稿をしているので、そちらも併せて読んで頂きたい。
http://www.otsuka-shokai.co.jp/erpnavi/topics/column/management-kf/steve-jobs.html
上記の自伝には、このような記述がある。
「ジョブズが頑張った背景には、息の長い会社を作りたいという情熱があった。ヒューレット・パッカードでアルバイトをした13歳の夏休み、ジョブズは、きちんと経営された会社は個人とは比べ物にならないほどイノベーションを生み出せると学んだのだ。」
ジョブズは、正しく「経営」された企業こそが「イノベーション」を興しやすくなる、という本質に気付いていた。このブログでも書いてきたが、ここでいう「経営」とはマネジメントのことである。日本で誤解されやすい、「管理」という受身的な訳のニュアウンスとは対極にある本質的で正統な意味合いで捉えられている。ジョブズというリーダーが「マネジメント」と「イノベーション」を不可分のものとして的確に見ていたことが理解できる。
圧倒的なリーダーを持ちながら、会社として次々にイノベーティブな製品を世に出してきたアップル。時に非情な独裁者とも言われたリーダーと、超創造的な社風はどのようにバランスされてきたのか。自分の専門の「経営学」の観点からも、アップルという会社はとても興味深い存在だ。
ジョブズのリーダーシップや経営スタイルについてキーワードを挙げるとしたら、以下の点になるだろう。
①自分の価値観と情熱への飽くなきこだわり
②従来の「境界」にとらわれない「融合力」
(「テクノロジーと芸術/リベラルアーツの交差点に生きる」)
③「技術発」ではなく、「人間・顧客」発のイノベーション
④一流の人材と一流の仕事へのこだわり
⑤「私心なき独断」—知恵を引き出して最後は一人で決めるリーダーシップ
⑥組織と人の「目的」を一つにまとめる力
⑦「集中」する経営
⑧「分断」ではなく「統合」へのこだわり
どれも「マネジメント」「イノベーション」の事例として多くの気づきを与えてくれる。特に、現代という変化の激しい時代において、どのように企業が経営され、どのようなイノベーションを興して行くことが有効か、多くのヒントを与えてくれる。
パソコンやインターネットが一般的なツールとなって久しい。今では誰もが携帯、スマホ、ネット、タブレット端末等を使って生活している。
どれをとっても、アップルやジョブズが最初に生み出したものではない。ジョブズが革新的なのは、それらのツールに「芸術性」「人間性」「美しさ」「楽しさ」といった『人間的な』要素を取り込むことに異様なまでの執念を見せた事。
どんなに利益が出ようとも、美しくないもの、アートや思想を感じさせないものは「ガラクタ」と言って切り捨てる。彼の思考に追いつくように、市場も「コモデティ」化したITツールに見切りをつけ、美しく、楽しいアップル社製品を選ぶようになった。パーソナルコンピューターにおいても、携帯音楽端末においても、音楽配信においても、携帯電話やタブレットにおいても、ジョブズの方法論は、「アートとテクノロジーの交差点に立った視点」で製品とサービスと事業を設計するというもの。その思想性の高さこそが、多くの日本企業が真似しようとしても真似出来ないジョブズのイノベーションの本質。
(といっても、元々はそれこそがソニーや自動車各社が実践してきた日本企業の専売特許だったのだけど)
ジョブズは、いかなる製品設計においてもパワーポイントや難解な技術説明資料が大嫌い。
代わりに、新製品を手にした人たちがどのようなライフスタイルで生活するのかをイメージした写真や模型を使い、社内の一流の技術者や広告マンとコミュニケーションしていた。「こんなものを生み出したいんだ。素晴らしいだろう。」と。
当然、多くの技術者は細かな設計「資料」に慣れてしまっていて当初は戸惑う。しかし、最終的には、プロジェクトに関わるメンバー全員がそのイメージについて議論し、意見を戦わせ、不可能を可能にするためにストレッチしていくことで、「イメージ」が合って行く。実は、最終的なアウトプットは、こちらの方がずれが少ないのかもしれない。
「顧客にとっての価値」のイメージ、「目指す目的のイメージ」を共有することは、組織のリーダーにとって困難で重要な仕事。ただ、多くの企業で、優秀な人たちが「自社が次にどのような製品を、どんな狙いで生み出そうとしているか」理解できていない。高度に縦割り化された組織構造の中で、イメージが共有されにくくなっている。これが大企業がイノベーションをおこしにくくなっている大きな要因だ。
ジョブズは、皮膚感覚でどのようなリーダーシップを発揮すれば、優秀なメンバーの力を共通の価値ある目標に向ける事が出来るかを理解し、それを実践した。そのため、製品やサービスは重要なものに絞り、「集中」することを心がけていた。散漫に多くのことに手をつけると、一つ一つが薄くなってしまう危険性も、本能的に理解していたからだ。
製品や技術からスタートするのではなく、どんな生活、どんな楽しさを生み出したいか。製品やサービスによって、人間がどのように楽しく快適に暮らす姿を作り出したいか。
当たり前のようだが、多くの現代企業が忘れてしまっている視点ではないだろうか。
膨大なパワーポイント資料の中で「本質」が見えなくなってしまっている新規事業企画は多い。
今こそ、その製品、その事業は一体人間社会にどんな「喜び」を生み出すか、多くの会社が問い直すべきタイミングではないだろうか。
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